天使と悪魔の記録

 

オレの波

長い休みがとれると、私たちはいつも伊豆のS浜へ行く。
S浜に、私の上司のTさんの別荘があるからだ。
要するに、タダで止まれる宿泊施設だ。
別荘も、持ち主もそういつも行かれるものではない。
しかし、家というものは使わないとたちどころに傷んでくる。
私たちはTさんから別荘の鍵を渡されておりタダで使わせていただくかわりに、
草むしりをしたり、部屋中のクモの巣の掃除をしたりする。
そこの蜘蛛は只者じゃない。
体調10センチ以上はゆうにあり、まるでタランチュラ。
最初は気持ち悪かったが、通っているうちにかわいくなるから不思議だ。

高台にあるその別荘から、S浜までは長い下り坂を下りて20分ほど。
こなつも三才になり、S浜で歩いていかれるようになった。
急な下り坂を降りているうちに加速がつき、びゅうびゅう走れるのが嬉しいのか、
きゃーきゃー叫びながら走り降りる。
パラソルや、ランチボックスなどを持ち追いかける夫は大変だ。
私は、手ぶらでその後をのんびり歩いて行く。
大抵加速がつきすぎて、すっ転んで一度は泣くことになるのだが…。

S浜は白い砂浜、エメラルドグリーンの海。
まだ、子供と安心して遊べる美しさだ。
若い人から、家族連れなどで夏はたいそう賑わう。
私たちが遊ぶかたわらにも、こなつと同じ歳くらいの
双子の女の子をつれている家族がいた。
何と、その双子ちゃんが着ていた水着がこなつと同じ。
紺のセパレーツで、胸の部分にりんごのアクセントがついている。
通販のバーゲン品だ。
親同士は、気まずそうに下を向いた。
こなつはすかさず、
「おんなじー!おんなじー!こなつと同じだねえ!」
と、嬉しそうにその女の子のりんごの部分を指でグイグイ押す。
女の子はいきなりのその乱暴な行為にびっくりして、固まってしまった。
「すいません!、ごめんなさい!」
私たち夫婦がひたすら謝っているうちに、
こなついきなり水際まで走っていった。
波打ち際で腰に手を当て、仁王立ちに立っている。
いきなり「オレの波が来たぜ!」
と、叫びうわーっと海に向かって走り出した。
せ、青春ドラマか…?ぼう然とする私。必死でこなつを追いかける夫。
あっけにとられる双子ちゃん。周囲の目…。
私は全速力で砂を掘り、その中に埋まりたかった…。

あんなちんけな台詞、どこで思いついたんだろ…。
昔、私たちが見た青春ドラマ(飛び出せ、青春!とか)
がDNAで残っていたのか、今だに謎だ…。
子供の発想は、侮れない…。

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