天使と悪魔の記録

 

静寂なる、平日の温泉にて。

私たち夫婦の仕事は、自営業。
だから休日に働くことも多いが、
平日に休めることもある(休んだ分だけ、お金も入らないけど(;_;))。

その日、久し振りに平日に休みがとれたので房総のK海岸へ旅行に行った。
旅行と行っても、知り合いのリゾートマンションを借りたので宿泊費は無料(こ
ればっかり…)。
このマンションのすぐ前に温泉が湧き、町営の温泉浴場ができた。
安いこともあってか、休日はいつも混んでいる。
あんまり混んでいるところへこなつを連れていくのは、
他のお客さんに迷惑だし、なにより恥ずかしい…。
でも平日なら空いているだろうと、三人で出かけた。

温泉の入り口で夫と別れ、こなつと私は女湯へ。
脱衣場には、誰もいない。
やった!これならゆっくりできるし、
多少こなつが暴れても気を病むこともない。
こなつを脱がせ、私も脱ぎ始めたところで、一人のご婦人が入ってきた。
ちょうど、うちの義母と同じ年格好の体格のいい方だった。
こなつは、義母が大好き。
だから、義母と同じくらいの方には親しみを覚えるらしく、すぐに話しかけに行く。
「あのねえ、こなつって言うの〜。今、三才です。」
頼まれもしないのに、さっそく自己紹介している。
恐縮する私に、ご婦人はにこやかに、
「かわいいお子さんですねえ。」とおっしゃり、こなつの相手もしてくださる。
かわいいと言われてこなつはますます調子に乗り、ご婦人にまとわりつく。
「おねいさんもかーわいいよぉ。」とこなつ。
「あらまあ、お姉さんだなんて、ほほほ。」
私は、おばちゃんという言葉はあまり使わせないが、
おねいさんは言い過ぎだろうと内心笑ってしまった。
ご婦人がすっかり服を脱ぎ終ると、こなつはすかさず、
「んー!、おねいさん、ナイスバデイーーーー!」
と思いっきり持ち上げた。
私に隠れてこっそり見た「クレヨン新ちゃん」で、覚えたばっかりの言葉だ。
ご婦人は一瞬凍りついたが、
「まあ、ホホホー。」と、無理に笑ってくださった。その瞬間、
「もうー、本当にかわいい子ブタちゃん♪」…地の底へたたき落とした。
うわーーーー!なんてこと言うんだーーーーー!
ご婦人は、今度は本当に氷ついてしまった…。
こなつは、言いたいことをすっかり言い終えて気持ち良く大浴場へ入って行く。

「すみません、すみません!」と、ご婦人に謝りながら私はこなつの後を追う。
でもご婦人だって、これから温泉に入るのだ。

恥ずかしさのあまり顔もあげられない私。
何事もなかったように、ひたすら身体を流すご婦人。
お湯の音だけが響く、不自然な静寂…。
こなつが、上機嫌で歌を歌いだした。
息がつまる程、気まずい時間が流れていく…。
こういうときのセオリー通り、他にお客さんも来ない…。

私はご婦人に、言いたかった!
「悪いのは、私なんです!見た通りうちの娘は太っています!
でも、それがかわいくてかわいくて、お母さんのかわいい子ブタちゃん♪かわい
い子ブタちゃん♪と、
言い続けたもんですから、娘は子ブタちゃんというのは最大級の褒め言葉だと思
っているんです!
だから、あなたのことも太っているとか、そういう意味で言ったんじゃなくて…」
いいわけの言葉が、どくどくと身体中を駆け巡る。
でも、きっかけがつかめない…。それに、言ったからといって何になろう…。
私はあきらめた…。ここは、旅先…、もう二度とこのご婦人に会うこともない…。
笑って、さよならといえばそれで全ては終るのだ。袖刷りあうのも多少の縁だが、
本当に多少のことでもう会うこともないんだ!
私は、そう思うといくらか心もすっきりした。
先にでられるご婦人に、
「さようならー。」と、こなつと手を振る。
旅先の恥は、温泉で流そう!
思いっきり、お湯をかぶり私たちもマンションへ戻った。

部屋へ戻り、夫にその話をすると、
「やっぱりクレヨン新ちゃんは、もう少し大きくなってから見せるようにしよう…。」
と、力なくつぶやいた。

次の日、ゴミを捨てようと管理人室の前を通ると、管理人さんご夫婦もゴミを捨
てるところだった。
「おはようございま…。」
昨日のご婦人が、私の前に…!。
そう、昨日のご夫人は管理人さんの奥さんだったのだ…。
以来、そのマンションへ遊びに行くたびに私たちは顔を合わせている…。

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