雑文林

 

ゆうが残したもの

12月28日は友引で、ゆうのお通夜は12月29日、葬儀は30日に行われ た。

やつれ果てた姉は、ゆうのそばを片時の離れずにずっと髪をなでていた。
私が着くと、ほんの少し笑った。
「髪、きれいでしょう。私が洗ったのよ。」と言った。
ゆうが息を引き取ったとき、姉は息ができなくなったそうだ。
錯乱し息を吸って、吐くという何でもない行為が上手くできなくなったのだ。
その時看護婦さんがそっとそばに来て、
「髪を洗ってあげて下さい。」と、言って下さった。
ずっとお風呂に入れずにいたゆうの髪は、薬などで汚れていた。
ゆうの髪を洗っているうちに姉は心が大分落ち着いたそうだ。
「看護婦さんは、ああいったときの落ち着かせ方を良くわかってるなと思った よ。」
姉は、またひっそりと言った。
自宅に戻ったゆうは、本当に穏やかな顔をしていた。
まるで、幼児に戻ったようなやんちゃで、むくな顔だった。

お通夜には本当にたくさんの方が来てくれた。
二つ借りた大きなホールのイスが全部埋まってしまうほど、
たくさんの方がゆうに会いに来てくれた。
みんな泣いた。
そして、みんな怒っていた。
「なんで、ゆうなんだろう…。何も悪いことなんかしてないのに!」

葬儀の日は、お通夜の時よりももっとたくさんの方が来てくれた。
ホールの中に入りきれないほど、たくさんの方がゆうにお別れに来てくれた。
棺を閉めるとき時姉は、ゆうに取りすがって泣き叫んだ。
「連れて行かないで!」
私はただ泣くことしかできなかった。
たくさん来てくれたゆうのお友達も、みんな泣いた。
髪を染めた子、ズルズルのズボンを履いた子、ピアスしてる子、
短すぎるスカートを履いてる子、見るからにまじめそうな子…。
あの子たちはきっと、将来親を泣かすことはないだろう。

冬の晴れ上がった真っ白な空に、ゆうは昇っていった。
私は姉が後を追ってしまうんじゃないかとそれが本当に心配だった。

でも、お通夜があって、葬儀があって、初七日があって、四十九日があって…。

だんだんに現実を受け止めざるをえないように、
節目節目ができてゆく。

もうすぐ、ゆうの納骨の日がやってくる。
姉はほんの少しだけ、元気になった。
「ゆうは、神様が貸してくれた子だったような気がするの。
15年だけ…。だから、返さないといけないんだよね…。」
本当にゆうは、神様からの借り物だったのかもしれない。
だって、あんなにみんなに愛されて、あんなにみんなのこと愛して、
そばにいる人をみんな幸せにしてくれたんだから。
みんなを幸せにするためだけに、私たちのそばに来たのかもしれない。
姉のうちにひなちゃんが誕生して、
「もう、大丈夫。」と思って逝ってしまったんだね。
また次の人に幸せを与えるに出かけていたのかな…。

でも、子の親にとって自分の子にに先立たれるほど、辛いことはない。
ばかでも何でも、親より元気で、親より長生きしてくれたらそれだけで本当に親
孝行だなと思う。

そして、明日は同じじゃない。今、この瞬間瞬間を大事にしなければいけないと
思う。

ゆうが残してくれた一つ一つを、私たちはずっと探し続けようと思う。
それが、残されたもの勤めで、唯一の救いなんだと思う。

(C) Copyright 2001 nachi All rights reserved. Update : 2002/09/24 Goto HOME